イエスについて

e0137489_051515.jpg


昨日(23日)は思ったよりたくさんの方々が来てくださり、まことありがとうございました。
来週(30日)も通常どおり営業しますので、どうぞよろしく。

さてクリスマスです。
せっかくお祝いするならイエスのことを知っておこうと思い、
昨年より、12月はイエス本を読んでいます。

去年は滝澤武人『人間イエス』(講談社現代新書)を読んで、めっぽう面白かったので、
今年は田川健三『イエスという男』(三一書房)を読むことにしました。
これがまためっぽう面白いです。
とりあえず、イエスって大工であって宗教家ではないらしいです。
後世のひとびとは、イエスの激しさにびびって、まるくおさめようとしちゃったみたいですね。

以下、『人間イエス』から、面白い箇所を少し引用しておきます。
メリークリスマス☆

「「もしだれかがあなたの右の頬を平手打ちするなら、左の頬をも向けてやれ!」(マタイ五・三九)。このイエスの言葉もまた弱者の最後のやるせない抵抗の姿として読まれなければならない。決してキリスト教的な心やさしい従順や寛容のすすめなどではないのである。
 はたしてこの言葉はどのような歴史的状況の中で発せられたものなのだろうか。この場合にはヒントがちゃんと明記されている。それを無視してはならない。すなわち、直前に置かれている「悪人どもに逆らうな!」という言葉である。「平手打ちする」ような人間は、権力をかさにきて民衆に暴力をふるう「悪人ども」なのである。マタイよりもルカの「あなたの頬を殴るようなやつには、もう一方の頬をも向けてやれ!」(六・一九)の方が元来のイエスの言葉であったと考えられる。「あなたの上着を奪いとるやつには、下着をも拒むな!」(ルカ六・二九)という言葉も同様である。そしてさらに、「あなたの所有物(財産)を奪いとるやつから取りもどそうとするな!」(ルカ六・三〇)という言葉にもまったく同じような状況が前提されているのであろう。「ゆすり」や「恐喝」はローマ兵の日常的な常識だったのだ(ルカ三・一四)。軍隊に逆らうことなどできはしないのだ。そんなことをすれば殺されてしまう。イエスは民衆の憤りと悲しみとを知っていた。「もう一発なぐりやがれ!」「下着も持っていきやがれ!」「そいつともう一マイル行ってやれ!」これらの言葉は不条理の中から発せられた烈しい抵抗の言葉なのである。」

(『人間イエス』45頁より)
[PR]
by okabar | 2010-12-25 00:01
<< 明日はことしさいご オカバー、23日(木)は通常営業。 >>