福島の詩人たち①の3 若松丈太郎さん「原発地帯に《原発以後》なし!?」

今回も若松さんの文章を紹介します。
福島の書き手たちが引用されながら、警鐘は鳴らされています。
最近でた『ひとのあかし』という詩集にもありますが、
これらの「予言」が当たるということは、決して喜べることではなく、
3月12日以降、若松さんが書いてきた文章は、不幸な名誉を背負わされ、
いまも悲しい響きを放っています。


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アーサービナード氏と若松丈太郎氏


原発地帯に《原発以後》なし!? [地域からの発信――福島]
               (『詩と思想』二〇一〇年七月一日)

 福島県は国内最大の電源地帯である。
 水力発電は、只見川流域にある電源開発のダムにかぎっても一九五九年に運転を開始した田子倉ダム三九万kwなど九基、計二三四万九三〇〇kw。地熱発電は国内最大の東北電力柳津西山地熱発電所(一九九五年運転開始)が六万五〇〇〇kw。風力発電も国内最大の電源開発郡山布引高原風力発電所(二〇〇七年運転開始)六万五九八〇kw。そして、東京電力福島第一・第二原子力発電所十基には計九〇九万六〇〇〇kwの出力がある。合計一一五〇万kw超のほとんどは首都圏・関東圏に送電される。
 福島県の太平洋岸を地元では浜通りと呼ぶ。その海岸台地の陰に人目から隔離して設置されている原発は、通りすがりの旅行者の視野に入ることは、まずない。
 では、原発の存在を、福島県内に住み表現活動をしている人びとはどうとらえてきたか、詩と短歌の書き手を中心に概観し、あわせて、当面する原発問題にも言及しよう。

   *

 立地自治体に隣接する町に住むみうらひろこ(浪江町)には、原発労働者の失踪を書いた詩「いってらっしゃい」や使用済み核燃料搬出作業がおこなわれている一日を書いた「ニュースの日」などがある。原発から三〇キロ圏内で暮らす佐々木勝雄(南相馬市)はその不安を「海は いま」で語る。
 歌人では、遠藤たか子(南相馬市)に原発作品がある。彼女の歌集から四首。


 警報音響けば椅子に手を垂れて視てゐる金網入りのガラスを(『水腑』から)
 閉めきって外に出るなと云はれしと父がひっそり新聞拡ぐ
 事故あれば被曝地となるこの町のそら晴れわたり鶸の群れとぶ
 地下室をもつ家ひそかにふえるまで古りし原発の故障はつづく
                        (以上『水のうへ』から)


 実際に原発内の労務に従事した人もいる。こんおさむ(南相馬市)は一九八〇年代末から一九九〇年代初めにかけて福島第二、浜岡、柏崎刈羽などで作業をしたという。詩の一節では《高濃度放射能の中を泳いだ》と言っている。詩集『道』所収「原子力発電所」「原発定検」ほかでは、実体験にもとづくリアリティーがなまなましい。


 マスク内の薄い酸素に
 体力が汗に流れて作業衣に重い
 巷に流れ飛ぶ
 危険も、安全も、要も、不要も
 放射能と一緒に原子炉格納庫内の
 磨いた水没弁の奥に閉じ込め 
 最後の気力で
 眼前の六十五ミリのナットを
 大ハンマーでたたきつける                  (「原発定検」部分)


 吉田真琴(本名・信、いわき市、一九三三年~一九八七年)の詩集『二重風景』に原発労働者の被曝を扱った作品「新春に」がある。


 人々が死に絶えたような静けさ
 不気味な安らぎの光景だ
 「巨大技術です 原発は安全です 安あがりの電力です」
 金に糸目をつけないパンフが氾濫し
 テレビでは操り人形がバラ色の夢をふりまく
 だがこの光景の背後に
 透けて見えるものは何?
 (略)
 それは炉作業で被曝して
 ブラブラ病の果てに死んでいった老農夫や
 皮膚に桜の花弁を散らして悶死した
 若者の幽魂か                          (「新春に」部分)

 
 歌人で特筆すべきは東海正史(本名・石田均、浪江町、一九三二年~二〇〇七年)である。原発のある双葉郡内で建設業・不動産の売買斡旋・賃貸家屋の保守管理などを営んでいたため、原発にかかわる人びとに接し、多くの見聞を重ねた。第三歌集を『原発稼動の陰に』と名付けたほど、原発を主題として創作した。彼の作歌活動に対し、さまざまな有形無形の誹謗や嫌がらせがあったという。その歌集から四首。

 
 被曝者の労務管理を糾す吾に圧力掛かる或るところより
 原発を誹謗する歌つくるなとおだしき言にこもる圧力
 原発疎む歌詠み継ぎて三十余年募る恐怖の捨て所無し
 欠陥原子炉壊して了へと罵れる吾を濡らして降る寒の雨


 捨てどころない《募る恐怖》や《吾を濡らして降る寒の雨》は、漏洩する放射能や放射能をふくむ雨によって直接的に得た表現であると同時に、浴びせられた誹謗・中傷による恐怖感も併せた表現なのだ。
 彼の短歌は「朝日歌壇」で馬場あき子や佐々木幸綱らにしばしば選ばれた。
 その遺作である二〇〇六年の作品から三首。


 原発定検ベテラン技師K君も白血病に冒され逝く
 報告書に軽微の被曝ありと書き出入り解かれし下請業者
 被曝して骨の髄病み臥す君の悔恨しずかに聞く秋の夜


 東海正史は二〇〇四年に『原発稼動の陰に』の「あとがき」で「原発稼動による疲弊と被曝は社会的に捨てて置けない問題である。これらの被曝者は私の知る範囲で死者十人を越え、聞く範囲ではこの倍にも及んでいる」と述べ、「こういう実態は初期稼動から三十有余年間繰り返して来たのである。原発が疲弊すればする程起り得る問題であるが、すべて秘密裡に処理されているのではないかと思う」と推理していた。彼の推理どおり、後に述べる一九七四年の臨界事故をふくめ《すべて秘密裡に処理されてい》たのである。
 東北大学教授坪野吉孝は「原発などで働き放射能を浴びた労働者に対する労災認定では、ごく一部のがん(例えば白血病や肺がん)などが対象なだけで、多くのがんは対象外。(略)原発労働者は救済されないままだ」(『朝日新聞』二〇一〇年三月九日)とその現状を問題視している。

     *

 東海となじ浪江町で旅館業を営んでいた北夏次(斉藤孝)は小説『原発銀座に日は落ちて』を書いた。旅館に宿泊する技術者、保安員など原発関係者の言動、原発建設推進をもくろむ自治体の首長や建設を拒否する地権者などが登場し、旅館のあるじである《わたし》もふくめ、巨大事業に翻弄される人びとが描かれている。
 原発に翻弄されているのは住民だけではない。自治体もそうだ。第一原発五・六号炉が立地する双葉町は原発の固定資産税や交付金の収入に依存して事業を拡大した結果、二〇〇七年度実質公債比率が三〇・一%で全国ワースト六位で、財政破綻のレッドカードともいうべき《早期健全化団体》となって、地方交付税の交付を受けている。そこで、このレッドカードを返上するために、七・八号炉の増設を望んでいるのだ。一号炉の出力は四六万kwだが、増設予定の七・八号炉はともに一三八万kwで、一号炉のじつに三倍の出力をもつ。原子炉の巨大化がすすんでいることも問題である。


 巨大なコンクリートの内壁断面が聳ち
 不可視な扉の向うがわで
 ゆれて手招くものの気配。

 人は
 そのたぐりがたさを断ち切り安全の恩寵に狂奔する。
 (略)
 安全という名の地獄を引きずり
 腐食の世界へ急ぐ蜃気楼
 No.5・No.6・の増殖炉の彼方
 わたしは視る
 五十年後の廃墟の俯瞰図を。                  (「燃える蜃気楼」部分)


 「燃える蜃気楼」は、一九七九年に原発構内のショールームを見学した天城南海子(本名・吉田操、福島市、一九一五年~二〇〇一年)の詩である。彼女は《五十年後の廃墟の俯瞰図》を視ているが、第一原発一号炉は一九七一年三月に稼動を開始して以来三十九年を経過していて、その《五十年後》は、あとわずか十年ほどのちにはやって来るのだ。
 第一原発の他の全原子炉も三十年以上も稼動しつづけていて、高経年化原子炉の廃炉と放射能低減までの放置(廃止措置)というまだその具体的道筋が確かではない問題にそう遠くない将来に直面することになる。そのとき、立地自治体にどんな負担が及ぶのか、まったくの闇のなかである。
 天城は、若い世代を励まし、やさしく見まもる人だった。二〇〇〇年に書かれ遺作となった次の短歌二首には、未来を見つづけてきた彼女の思いとは逆に、絶望的な思いがあふれでているかに感じられてならない。
 

 二十世紀は目に見えない汚染で幕を閉じるのかチェルノブイリの子供たちよ

 原発銀座を擁して息づくわれら子孫に残す何あるというか(「無風」から)


 大熊町の第一原発三号炉をプルサーマル化しようという計画を福島県は八年間拒否し続けてきたものの、ことし二月に福島県知事が条件付きで賛意を表明し、新段階を迎えている。核燃料サイクルの中核になる高速増殖炉の実用化目処が立っていない現状で、プルサーマルを実施することには大きな問題があるのだが。
 プルサーマル化しようとしている第一原発三号炉には、一九七八年に臨界事故を起こしながら、東電はそれをひた隠しに隠し、公表したのはなんと二十九年後の二〇〇七年だったという前科がある。事故は、一九七八年十一月二日午前三時ごろに発生した臨界状態が七時間三〇分間つづき、午前十時三十分ごろになってようやく制御棒の緊急挿入装置を手動で作動させて臨海状態を解消したというものである。東電は、運転日誌と制御棒位置記録を改竄し、国へも報告せずに隠蔽した。この隠蔽は、《事故情報の共有》という技術者倫理のうえで問題があっただけでなく、チェルノブイリ事故の八年前に発生した事故隠しだったことで、チェルノブイリをはじめとするその後の数々の事故を防げたかもしれないという意味でも、犯罪的行為だったのである。日常的に枚挙にいとまがない事故をくりかえしては、隠蔽し、データ改竄を重ね、一方で、《安全だ》と言いつづけてきた欺瞞ぶりとあわせ、これこそは偽りの極みというべきであろう。


 地上を最後の時間にまで食いつくす熱量
 それ故、漏らさぬよう
 暴れださぬよう密閉し
 密閉している限りでは
 「安全」を強調しなければならない
 それは戦争の始めから終りまで
 「勝つ」ことを強調し
 「神風」の御幣に呪縛したと同じ重量で
 そして反面には、それが嘘と判った時の
 虚脱した時の軽さで                     (「太陽の鳥」部分)


 箱崎満寿雄(いわき市・一九一四年~一九八八年)が右の詩で予測したように《それが嘘と判った》いまでは、東電の《安全だ》というCMなどはさすがにトーンダウンしているようだ。

           *

 ことし、二〇一〇年三月十四日に福島県沖を震源とするM六・七の地震があって、楢葉町で震度五弱を観測した。楢葉町の東電第二原発を写す固定カメラが左右に大きくしかもはげしく揺れつづける映像がTVニュースで流された。あまりにショッキングだったせいか、NHKは一度で放映を中止した。
 また、原発のある浜通りの中北部には、宮城県南部から続く七〇kmに及ぶ双葉断層と称する長大な活断層が海岸線とほぼ平行して存在する。グーグルの航空写真などですぐ識別できる。ところが、東電は、福島県沖の海底活断層とともに、この断層をより短く小さなものと認定しているのだ。そもそも、地震帯のうえに乗っかっている日本で原発を稼動させること自体が問題だ。

           *

 原発は環境にやさしい発電方式だという考えがあるが、はたしてそうだろうか、疑問である。炉の冷却時に発生する高温で大量の熱水を海中に、蒸気を空気中に捨てている点では、火力発電と大差はない。さらには膨大な高レベル放射性廃棄物を生産し、蓄積して、半永久的に《保管管理》しなければならない負の遺産を子孫に託そうというのである。
 さまざまな、しかも、いずれも困難な問題を原発は抱えている。われわれに大型炉の新設や、プルサーマルをすすめる資格があるのかと問いたい。
 第二次大戦で戦争という麻薬の中毒患者になったアメリカにいまだ《戦後》が存在しないように、原発というドラッグに冒された立地地域では、二重の意味で《原発以後》なしという状況が形成されつつある。ひとつめの意味は、つぎつぎと原発を増設しつづけなければ地域経済を維持できない泥沼にはまり込んでいるということ、もうひとつの意味は、原発破綻後には地域そのものが存在し得ない状況が出来するだろうということ、である。


※よみがな註
田子倉(たごくら)
柳津西山(やないづにしやま)
布引(ぬのびき)
鶸(ひわ)
刈羽(かりわ)
天城南海子(あまぎなみこ)
出来(しゅったい)





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写真/齋藤さだむ
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by okabar | 2012-02-17 00:33 | とうほく
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