先週に続いて若松丈太郎さんの詩の紹介です。
以下ははじめ詩集『いくつもの川があって』(花神社、2000年)に発表され、昨年5月に緊急出版された詩集『福島原発難民』(コールサック社、2011年)に再掲された作品です。 連作詩篇「かなしみの土地」から、その6としての「神隠しされた街」。 6 神隠しされた街 若松丈太郎 四万五千の人びとが二時間のあいだに消えた サッカーゲームが終わって競技場から立ち去ったのではない 人びとの暮らしがひとつの都市からそっくり消えたのだ ラジオで避難警報があって 「三日分の食料を準備してください」 多くの人は三日たてば帰れると思って ちいさな手提げ袋をもって なかには仔猫だけを抱いた老婆も 入院加療中の病人も 千百台のバスに乗って 四万五千の人びとが二時間のあいだに消えた 鬼ごっこする子どもたちの歓声が 隣人との垣根ごしのあいさつが 郵便配達夫の自転車のベル音が ボルシチを煮るにおいが 家々の窓の夜のあかりが 人びとの暮らしが 地図のうえからプリピャチ市が消えた チェルノブイリ事故発生四十時間後のことである 千百台のバスに乗って プリピャチ市民が二時間のあいだにちりぢりに 近隣三村あわせて四万九千人が消えた 四万九千人といえば 私の住む原町市の人口にひとしい さらに 原子力発電所中心半径三〇㎞ゾーンは危険地帯とされ 十一日目の五月六日から三日のあいだに九万二千人が あわせて約十五万人 人びとは一〇〇㎞や一五〇㎞先の農村にちりぢりに消えた 半径三〇㎞ゾーンといえば 東京電力福島原子力発電所を中心に据えると 双葉町 大熊町 富岡町 楢葉町 浪江町 広野町 川内村 都路村 葛尾村 小高町 いわき市北部 そして私の住む原町市がふくまれる こちらもあわせて約十五万人 私たちが消えるべき先はどこか 私たちはどこに姿を消せばいいのか 事故六年のちに避難命令が出た村さえもある 事故八年のちの旧プリピャチ市に 私たちは入った 亀裂がはいったペーヴメントの 亀裂をひろげて雑草がたけだけしい ツバメが飛んでいる ハトが胸をふくらませている チョウが草花に羽をやすめている ハエがおちつきなく動いている 蚊柱が回転している 街路樹の葉が風に身をゆだねている それなのに 人声のしない都市 人の歩いていない都市 四万五千の人びとがかくれんぼしている都市 鬼の私は捜しまわる 幼稚園のホールに投げ捨てられた玩具 台所のこんろにかけられたシチュー鍋 オフィスの机上のひろげたままの書類 ついさっきまで人がいた気配はどこにもあるのに 日がもう暮れる 鬼の私はとほうに暮れる 友だちがみんな神隠しにあってしまって 私は広場にひとり立ちつくす デパートもホテルも 文化会館も学校も 集合住宅も 崩れはじめている すべてはほろびへと向かう 人びとのいのちと 人びとがつくった都市と ほろびをきそいあう ストロンチウム九〇 半減期 二七.七年 セシウム一三七 半減期 三〇年 プルトニウム二三九 半減期 二四四〇〇年 セシウムの放射線量が八分の一に減るまでに九十年 致死量八倍のセシウムは九十年後も生きものを殺しつづける 人は百年後のことに自分の手を下せないということであれば 人がプルトニウムを扱うのは不遜というべきか 捨てられた幼稚園の広場を歩く 雑草に踏み入れる 雑草に付着していた核種が舞いあがったにちがいない 肺は核種のまじった空気をとりこんだにちがいない 神隠しの街は地上にいっそうふえるにちがいない 私たちの神隠しはきょうかもしれない うしろで子どもの声がした気がする ふりむいてもだれもいない なにかが背筋をぞくっと襲う 広場にひとり立ちつくす ※よみがな註 双葉町(ふたばまち) 大熊町(おおくままち) 富岡町(とみおかまち) 楢葉町(ならはまち) 浪江町(なみえまち) 広野町(ひろのまち) 川内村(かわうちむら) 都路村(みやこじむら) 葛尾村(かつらおむら) 小高町(おだかまち) いわき市北部 ■
[PR]
by okabar
| 2012-02-05 13:06
| とうほく
|
あんない
カテゴリ
フォロー中のブログ
雨林舎 『尻取物語』 s... わらびの詩的生活 私にも話させて 日朝国交「正常化」と植民... うるさいギャラリー 唐芋の断面 エピローグのなかから 榊翆簾堂 FCC 京都・市民放射能測定所ブログ オッチーのスリープレスビート 以前の記事
2014年 09月 2014年 08月 2014年 07月 2014年 06月 2014年 05月 2014年 04月 2014年 03月 2014年 02月 2014年 01月 2013年 12月 2013年 11月 2013年 10月 2013年 09月 2013年 08月 2013年 07月 2013年 06月 2013年 05月 2013年 04月 2013年 03月 2013年 02月 2013年 01月 2012年 12月 2012年 11月 2012年 10月 2012年 09月 2012年 08月 2012年 07月 2012年 06月 2012年 05月 2012年 04月 2012年 03月 2012年 02月 2012年 01月 2011年 12月 2011年 11月 2011年 10月 2011年 09月 2011年 08月 2011年 07月 2011年 06月 2011年 05月 2011年 04月 2011年 03月 2011年 02月 2011年 01月 2010年 12月 2010年 11月 2010年 10月 2010年 09月 2010年 08月 2010年 07月 2010年 06月 2010年 05月 2010年 04月 2010年 03月 2010年 02月 2010年 01月 2009年 12月 2009年 11月 2009年 10月 2009年 09月 2009年 08月 2009年 07月 2009年 06月 2009年 05月 2009年 04月 2009年 03月 2009年 02月 2009年 01月 2008年 12月 2008年 11月 2008年 10月 2008年 09月 2008年 08月 2008年 07月 2008年 06月 2008年 05月 2008年 04月 2008年 03月 2008年 02月 2001年 05月 okabarのつぶやき
その他のジャンル
ブログジャンル
画像一覧
|
ファン申請 |
||
外部サイトRSS追加 |
||