映画『サウダーヂ』において、
一番まともな人間は誰だろうか。 精司(せいじ)である。 なぜか。 働き者だから、とか男前だから、 とかいう理由ではない。 彼がまともである理由は、 彼が外国人の女(ミャオ)に本気で惚れ込み、 土を掘りながら海を臨んでいるからだ。 矢部史郎『原子力都市』は、 そういう内容の本である。 本書から、広島県の呉について書かれた部分を引用する。 「映画〔『男たちの大和』〕と博物館〔『大和ミュージアム』〕を見てわかったこと。おそらく「大和」という戦艦は、存在していなかったのだろうと思う。それは日本の島国根性が生み出した都市伝説の一つなのだ。 いまや海の底に眠る日本海軍の巨大秘密兵器という設定が、そもそも怪しいし、都合が良すぎるのである。沖縄を奪還するために、片道分の燃料だけを積んで玉砕に向かったなだという話を、どうして真に受けることができるだろうか。莫大な費用をかけて建造した巨大戦艦を、そんなに気前よく手放すだろうか。当時の日本海軍がそんな捨て身の作戦を敢行することができたというのなら、それはそれで男子的にはとてもロマンチックで素敵な話だろうが、残念ながら、そんな軍隊はありえない。 男子のロマンをぶちこわすようで悪いが、軍隊の本分は、嘘をつくことである。負け戦を、勝った勝ったと大騒ぎしてごまかすのが軍隊である。持っている武器を持っていないと言い、持っていない武器を持っていると言うのが軍隊である。戦場の兵士が家族に宛てた手紙というのも、ほとんどはつくり物だ。 軍隊という組織は一事が万事そういうわけだから、現場の兵士の証言ほどあてにならないものはない。軍隊が配備する嘘と秘密によってもっとも欺かれているのは、兵士だからである。 だから海軍の生き残りがなにを書こうと、そんなものは信用に値しない。「大和」という都市伝説の発端となった『戦艦大和の最期』という小説は、史学的な資料としてはまったく信用できるものではなく、偽書なりトンデモ本なりに分類されるものである。ここで読むべきは、海軍の生き残りの法螺を真に受けることではなくて、その「証言」の背景にどのような嘘が紛れ残存しているかを読み解くことである。同時に考察されるべきは、この真偽の定かでない都市伝説を、高度成長期の日本人がどのように受けとめ、現代の日本人がどのように受け止めているかということである。 エポックとして浮上する二つの年。第一は一九五一年、第二に一九九三年だ。 一九五一年、朝鮮戦争のさなかに、日本はサンフランシスコ講和条約に調印する。サンフランシスコ講和条約は、ソ連・中国・韓国など多くの国を除外した講和条約であり、片面講和と呼ばれる。これは、四六年に公布された新憲法の基軸である「国際主義」をくつがえす講和であった。戦後日本政府は、憲法に「国際主義」を掲げつつも、その最初から国際主義を裏切ってスタートするのである。この年、元海軍少尉吉田満は、小説『戦艦大和の最期』を発表する。五一年には警察予備隊が編成され、五二年には保安隊に、五四年には自衛隊と防衛庁が編成される。少年向けの雑誌や貸本には、旧日本軍の軍艦や戦闘機が紹介され、戦記のマンガや読み物が掲載される。一五年戦争の総括はたなざらしにしたまま、国際主義は放棄され、孤立した主観主義が強められていく。一国的で内向的なサブカルチャーがここから始まるのである。 そして一九九三年。文部省の教科書検定は、高校の歴史教科書での従軍慰安婦に関する記述を許可する。かつて少年時代にサブカルチャーの洗礼を受けたおやじどもが、この事態に反応していく。一国的で内向的な主観主義が、「自由主義史観研究会」なるものを結成し、歴史修正主義運動を開始する。その主張を要約すれば、「従軍慰安婦はなかった」という主張である。「従軍慰安婦はなかった」ということは、つまり、それを証言した女性たちは嘘をついている、という主張である。ここで、物置の奥にしまわれていた「戦艦大和伝説」が、もういちど蘇る。元海軍少尉吉田満の法螺話があたかも史実のように採り上げられる背景には、従軍慰安婦問題の否定、韓国人の老婆は嘘つきで信用できないという主張が含まれているのである。 ここで問われるのは、軍人を信じるのか、それとも外国人の女を信じるのか、だ。 主観性の領域で、自分自身の視軸をどのようにもち、自分自身の主観をどのように御していくのか、なのだ。私は、見ず知らずの外国人の女を信じようと思う。ただ饒舌で威張りくさった軍人の内弁慶野郎に相づちを打つくらいならば、海の向こうの見ず知らずの女に翻弄されるほうがよい。海を臨むということは、そういうことなのだ。」 矢部史郎『原子力都市』(2010年、以文社、36~41頁)より
by okabar
| 2012-04-08 11:43
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