MKタクシーにみる京都  矢部史郎『原子力都市』より

矢部史郎『原子力都市』は、2010年に出版された本で、もろに原発や放射能について書かれた本というよりは、もっとぼんやりした、原子力を抱えて生きる日本の都市の日常を描いた本なんやで。原子力都市はひとの関心だけでなく無関心をもコントロールする、というのが要かと思いますやで。3月12日の事故後、いまでは多くの人が、京都に最も近い原発の名を知っていますと思いますが、はたして事故前にその名を知っている人がどれほどいたか、という問題やで。
そしてタクシー運転手には敬意をもって接したいものですね京都よ。

以下、『原子力都市』より、京都について書かれた章を、全文引用。


 私の友人のタクシー評論家によると、全国のタクシーのなかで、運転手がもっとも荒んでいる地域は、京都であるらしい。酔っぱらいのたわごとなので信じる必要はまったくない。しかしこの説の真偽はともかくとして、京都のタクシー業務が他の地域にはない特殊な問題を抱えているだろうことは想像できる。
  起伏のない土地に、碁盤の目のように道を配した空間は、誰も迷うことのない明解な街という印象を与える。条理・不条理で言えば、文字どおり、条理の空間である。京都の人たちは、洛内にある地点を示すときに、細かな番地をいちいち口にしない。「四条河原町(の交差点)を西、二本目を下る(南に進む)」とか。大きな通りの交差点と、西・東・上がる・下る、それだけでだいたい通用してしまう。初めて訪れた観光客も、「京都はわかりやすい街ですねえ」と言うわけだし、実際そう信じさせるだけの明解さがある。京都の洛内は、とても合理的な構造であるように思えるし、京都のタクシー業務というのは、とても簡単な仕事に思える。しかし、そんな明解で合理的な空間であっても、実際には、進入できない一方通行路だってたくさんあるのだし、洛外に出れば碁盤状ではない地域が広がっているのだから、本当は客が考えているほど簡単な仕事ではないはずなのだ。
 京都に本社を持つMKタクシー(MK株式会社)は、タクシー料金の価格破壊で話題になった会社である。MKタクシーの低価格化は、この会社が業界未経験者だけを採用し、熟練の運転手を排除することによって可能になったものである。なるほど、京都のような街ならば、運転手の熟練など必要ない、こんな解りやすい街ならば素人運転手でも充分だ、と思えてしまう。こうした見くびりや、悪気のない小さなハラスメントに、京都のタクシー運転手は日常的にさらされることになるわけだ。一般的に言って、観光客にとって地元のタクシー運転手というのは、まず第一に道案内の頼みであり、ささやかだが敬意を払われたりもする存在である。しかし、京都という街では事情が少し違う。不慣れな土地を案内してもらうというよりも、アゴで使うという印象が強い。自分がタクシーの運転手になったと想像してみてほしい。京都でタクシー業務。なにかはっきりとは表現できないが、嫌なストレスがたまりそうだ。

 京都は日本を代表する観光都市である。かつては内陸部の孤立した街であったが、現在では高速道と新幹線が整備され、国内外の観光客を集め続けている。
 一九九三年、京都は建都一二〇〇年を迎える。この年、JR東海は国内向けの京都観光キャンペーンを展開した。キャッチコピーは「そうだ 京都、行こう」である。
 一九九四年、京都市内にある二条城、神社、仏閣等が世界遺産の認定を受ける。
 二〇〇三年、国土交通大臣を代表にビジットジャパンキャンペーン実施本部が設立され、世界に向けた日本観光キャンペーンが開始される。キャッチタイトルは「YOKOSO! JAPAN」である。
 京都府は、京都の景観をまもるために派手な広告看板や、建築物の外観などを規制している。一九六六年に国の「古都保存法」の指定を受け、一九七二年からは「京都市景観条例」が制定された。この年、京都府はG8サミットの開催候補地に名乗りを上げ、サミット誘致運動を展開した。
 どんな小さな街にも観光産業はあって、ほそぼそとした観光振興策を展開している。しかし、観光振興がこれほど強く大規模に推し進められる都市は、京都において他にない。国の古都保存法と国連ユネスコによる世界遺産認定は、この街の観光振興が国家の観光政策に支えられたものであることを示している。京都に観光客を集める事業、国内外の人々に京都を見せる事業は、日本政府の国家意思である。
 京都をめぐる観光政策の進展は、九〇年代以降めざましいものがある。この傾向は、政府・宮内庁の天皇政策の変化と並列して見ておくべきだろう。一九八九年、裕仁天皇が死んだ後、一九九〇年、皇太子明仁が新しい天皇になる。明仁天皇の政策の柱は、過剰なまでにメディアに露出することである。明仁は皇太子時代から、メディアに露出してきた人物である。テニスをして遊ぶ姿、結婚式、妻や子供と談笑する姿などを、テレビ映像を通じて人々に見せてきたのである。明仁天皇以降、天皇と天皇家をめぐる報道は加熱していく。九〇年代以降、テレビや週刊誌に天皇の話題が載らない日はないというほどに、天皇はその姿を見せ続けてきた。日本に生活する誰もが、天皇の顔を知っているし、家族構成も知っている。少し暇をもってメディアに接している人ならば、天皇家の親子がどんな軋轢を抱えているかまで知っている。明仁天皇とは、歴史上もっともよく知られた天皇である。また、天皇家の事情に関心を持つ人間がこれほど大規模に登場したのも、史上かつてないことである。古代王権の時代、身分の低い臣民は天皇を見ることを許されなかった。現代は、誰もが天皇を見て、天皇家の事情に通じて、さしておもしろくもない茶番劇を注視しなくてはならないのである。
 人々の関心と無関心をコントロールする技術は、商業広告の領域を超えて、国家の構成要件となっている。景観と文化を愛でるフェティシズムが、かつてない国家的な規模で展開され一定の成果をおさめているとするならば、そこで考えておかなくてはならないのは、国家は関心を束ねるのと同じ程度に無関心を束ねることができるだろうということだ。人々の耳目を集める技術は、なにかを隠蔽する技術でもあるだろう。
 私たちは、京都の舞妓さんがどんな化粧をして、どんな髪型をして、どんな衣装を着けているか、はっきりとしたイメージを持っている。同時に私たちは、児湯とからもっとも近い原子力発電所が、何という名前で、京都から何キロメートルの地点に存在していて、その施設ではどんな人々が働いているのか、はっきりとしたイメージを持たないのだ。
 碁盤状に整備された京都市洛内は、明解で透明な光の空間である。ここではあらゆるものが人目にさらされ、おのずから雅で、洗練されている。洛内に充満する光の束が人々の目に突き刺さり、映画のような都市がフェティッシュな快楽を高めていく。
 古代天皇制が実現したフェティシズムは、現代の都市政策と結合し、かつてない強さと規模で蘇る。天皇がかつてない頻度でメディアに露出するのと並行して、京都もまたみずからを見せるために人々を呼び込んでいく。京都の一二〇〇年の歴史のなかで、これほど大量の観光客が京都に訪れたことは、かつてなかっただろう。それは、京都を解放し変化を促す試みではない。どれだけ多くの人々が往来しても、京都の景観は崩れず、都市の純血はまもられる。国家の都市政策が目指すのは、京都のフェティシズムが侵されないような仕方で、つねに変わらず微動だにしない京都を、人々に見せることである。それは、京都という都市が持つ比類なき純血主義と内向性を、列島規模に拡張していく試みである。
 現代に再び脚光を浴びるようになった京都と天皇は、ポストモダンと呼ばれる時代の文化のひとつの類型を示している。一九九〇年以降急速に普及し「オタクカルチャー」と総称されるようになったものは、純血主義と内向的性格によって括ることができるだろう。
 つねに外界に目を向け、変化にさらされ変化を求め、異文化との混交を果たしてきた臨海都市の文化モデルは、一九九〇年以降、急速に衰退していったのだ。そうして国家の都市政策が発した号令は、「そうだ 京都、行こう」だった。つねに外界を恐れ、内陸部にひきこもることで文化の純血をまもろうとした京都は、大衆文化の一般的なモデルとして蘇ったのだ。

 最後にもういちど、京都のMKタクシーについて書いておきた。冒頭に述べたように、MKタクシーの低価格化は、業界未経験者だけを採用し、熟練の運転手を排除することで実現したものである。一般に、新自由主義の経営手法は、労働者の賃金と権利を引き下げることで収益の拡大を目指す。しかしMKタクシーが熟練の運転手を排除した件を、経済的な理由から説明するだけでは充分でないように思われる。MKタクシーの経営者は、おそらく経済的な理由だけではない、なにか文化的な障害を、熟練運転手に見いだしたのだ。
 熟練とは、さまざまな事物と、さまざまな人々に接した経験である。人は時間を経るにしたがって、多種多様なものと交わっていく。熟練とは多くのものと混交し雑種化することであり、熟練を積むということは、より多くのものに触れるということである。おそらくMKタクシーの経営者は、熟練した人間と、京都の新しい観光政策との間に、相容れないなにかを直観したのだ。つまり、観光都市政策が推進する文化の純血主義は、それに携わる人々に、熟練ではなく処女性を要求するだろうということである。新しい観光政策の下では、経験と熟練を積んだ人間はなにか汚いものとして、興を削ぐものとして現れるだろう。臨海都市の文化の基準は反転し、経験よりも処女性こそが価値になる。天皇の建設した都市で、無垢な人形のように振る舞い、ただ一方的に愛でられるものになるのだ。




矢部史郎『原子力都市』(2010年、以文社、49~57頁)より







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by okabar | 2012-05-18 13:45 | よくぼう
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